母の事

おこんにちは。


今日は母のことを。


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一昨年11月末に大動脈解離の手術をして、昨年5月に退院。

寝たきりが長かったため、
退院時の見解では、一人での歩行は困難、パンは一生食べられないでしょう。 と言われていましたが


退院してからは訪問リハビリを受けていて


OT(作業療法士)を週に1度、ST(言語聴覚士)を週に2度。


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今年に入り、OTさんから3月に卒業しましょう! と、言っていただきました。

杖をついて一人で歩けるようになりました。 大型スーパーの食品売り場の外周くらいは、一人で歩けるようになりましたし、家の階段も、スーパーの階段も一人で上り下りすることが出来ました。

時にはOTさんではなく、私の歩行練習の時には、調子を見て杖を持たないでの歩行練習も出来ていて、これを積みかさねると、杖もいらなくなるでしょう、の域。


お散歩では休憩を入れながらも、1キロ以上歩けるようになり、車椅子も必要でなくなってきました。


STでは 先週、パンのOKが出ました。

1種類だけはOKが出るには出ていましたが、今回は色んなパンのOKが出て、母の大好きなクルミパンも食べられるようになりました。


ただ、残念なことに一番大好きなお餅はやっぱり駄目ですけど。

それと、液体はやっぱりトロミが外せません。


残念な所は残ってるけど、それでも確実に年齢を超えた復活です。



その母が


27日から発熱し、29日に入院。 翌30日に敗血症で息を引き取りました。


89歳と30日の人生でした。


網物が好きな母でした。 上のお写真は母が編んだものです。


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母のことをご心配して下さっていた方々、応援して下さっていた方々、ありがとうございました。

最後の4日間はしんどい思いをしましたが、息を引き取る間際は、苦しまずすっと逝けたそうです。


私は母の亡くなる前日に、母からの置き土産を頂き、水を取ることが出来ませんでしたが、余り残念には思っていません。

母からの置き土産。 インフルBが、今日やっと安静期間が終わります。

安静にしていなかったからでしょうが、未だ身体の痛みと微熱が残っていますが、昨日葬儀を終わらせ、これからホントの安静を取りたいと思っています。


重ねて

応援ご心配を本当にありがとうございました。
posted by のえママ at 14:40実家

母の事

ほーい♪ 

おこんばんわー。

今日は久しぶりに母のことを書きます。

なので、ちょっと母のことをおさらい。



母は昨年2月に小脳出血で倒れたものの、出血が少なかったために手術は免れ薬での治療でおさまりました。 
入院がほぼ1か月。
その後、リハビリ専門病院に半月入院し退院したのですが、それは3か月入院と言われたのを、無理やりに退院させたという、鬼姉妹の策略でした。

それがストライクだったのかどうかは分かりませんが、毎日毎日、母を散歩に引っ張り出し、支えながらも家の用事をしてもらって、めまぐるしく回復しました。
そして11月後半にはピコ太郎を踊るほどに。

当時87歳の母が、ましてや小脳をやられちゃった母が、手を動かし片足で立つなどとは誰も考えられなかった。
後日病院でこの話をしたら、先生もリハビリさんも驚いてはったし。

なのに


同年 11月28日
大動脈解離(だいどうみゃくかいり)に。

手術前に色々確認をとられました。
ザックリ言うと、母の歳です。 手術をするのかどうかを聞かれました。

手術中に亡くなるかもしれない。
今こうして説明している間に亡くなるかもしれない。
そして含んだように言われたのが
手術が成功した後の事。

その時は気付かへんかったけど、今になってよく分かる。


病院を退院後、リハビリ専門病院に入院し退院。 家に帰って来たのが翌年5月。 (今年という事です)
入院中に1歳歳をとりました。



おさらいはこんな所かな?


で、今の母ですが
前回にも書いたように、ディに週2回行っています。

まぁ、行く前日は、行くことに対してチョロチョロとグズグズ言う。 帰った後は果てしなくグズグズグズグズ。。。


母の言うグズグズは

「頭が痛い」「足が痛い」「お腹が痛い」

小学生が学校に行きたくない世界。


そして家にいる時も同じことを言いますが、それは退屈になったり、誰にも相手をしてもらえなくなると

「しんどい」「死にたい」「殺して」 その他諸々のオンパレード。 まぁ、それが凄いのなんのって。


母は、いつも誰かが相手をしてくれて(特に姉) 足をマッサージしていてほしい、お腹をさすっていてほしい、デコチンを触っていてほしい。 の世界。


病院に入院中からそれはあったんですけど、小脳出血の時のように家に帰ってくれば何とかなると思っていましたが、それは無理みたい。 


でも、機嫌よくしてると、ちょっと物覚えが悪くなっただけの以前の母でいてくれるんですけどね。


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母と姉です。

入院中は一気に10キロほど痩せて、その後は肺の水が溜まったり、ムクミから体重の増減が目まぐるしくあったんですけど、今は僅かのムクミが残り~ので安定してちょっとおデブさん。 でも、顔にだけはお肉がつきません。

母のグズグズというのはワガママ。 それは認知症と分かっています。 長い入院生活がそうさせたのでしょう。

退院が決まったのに、肺に水が溜まり毎週肺から水を抜き、何度も退院が延期になり、もうこれが最後と言われた時に、ようやく自力で肺の水を無くすようになってくれ、食べることも出来なかったのが、徐々に出来るようになり、今では自分で食べています。 歩みは遅いけど自立の道を歩いてます。

せやし、認知症もこちらが辟易(へきえき)するほど酷いですが・・・ヘキエキなんて次元を超えてるけど。。


姉と二人、
絶好調にボケてる父と、これから父を抜いて認知症マスターになるかもしれない母と頑張っています。



ちなみに
これからマスターになろうという母。 肺炎をいつ起こすか分かりません。 それは嚥下(えんげ=飲み込み)に関わります。

昨日、食道造影検査を受けました。 嚥下の様子を見るものです。 これが肺炎に繋がるものと考えていいと思います。 少なくとも私は考えています。
飲み込んだものが食道に行かず、気管に入ってしまい、そのまま肺に入ってしまうという事です。 そしてそれが原因で肺炎になる。

母は入院していた病院と、リハビリ専門病院でも検査を受けましたけど、結局今回はほんの僅かヨロシクなった程度でした。

喉をよくするために、週に2回専門スタッフさんに来てもらって嚥下によい体操をしてもらってるし、その他の日は、スタッフさんのしてくれるのを真似て、姉と私もスタッフさんと同じことを母にしていたから、期待してたんですけどナカナカですね。。


あ、ついでに言うと
まだ一人で立ったり座ったりは出来ません。
歩くことは大分介助の力が要らなくなりましたし、伝い歩きも出来るようになり、介助なく数分立っていられるようにはなりました。 
可能な限り散歩に行っていますが、まだまだ一人歩きは遠いように思います。
 

で、
食道に運ばれなければならない水分が気管に行ってしまう母は、トロミをつけて水分を補給しています。 (トロミがあるだけで気管への迷子が無くなり、ちゃんと食道に運ばれます)

3種類ほどのメーカーを試して、今、これが一番いいのではないかと思っています。


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最初に使っていた種類のトロミより断然ダマにならず、色の代わりもなく、味もさほど変わりません。 そして試した他のメーカより少量でトロミがつくので、コスト的にもいいかと。

トロミをお探しの方の参考になればと思います。

って、もっといいトロミがあるかもしれんけど。



では!

次回はノエルに会ってもらう予定です
posted by のえママ at 23:47Comment(0)実家

ムスメとの会話と母のこと

おこんばんはー!!  (^o^)  


お久しぶりでございますぅ~ ヽ(^O^)ノ



こんなに遅くなってしまったのには諸事情がありまして、ましてやまた少ししたら実家に帰りますぅ。




  ゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★




さてさて。

昨日、久しぶりに帰ってきた我が家ですが、ムスメとお買い物に行った時


ムスメがこのような物を買い物かごに入れまして・・・。

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一平ちゃん焼きそば ショートケーキ味


ムスメが作ってお皿にいれて持ってきてくれたから、口に入れてみましたが・・・



ゴラァー 出すなよー!出すなよー! 口に入れた分は食べろよー!! (メ ̄Д ̄) 



と、目の前で見張られ叱られ・・・ムリクリ口の中の分は食べたけど・・・二度と食べたいとは思わない。

って、最初に思いっきりヘンなケーキっぽい匂いがしたのに、どうして口に入れてしまったんだろうか。。。 


ちなみにムスメはイヤイヤ全部食べてました。



まずいー! まずいー!! (*`<´) 



と叫びながら(笑)




そのムスメ。 その1。



ムスメ、今回はすぐに実家にいかなアカンから、今からでも行きたい所に連れて行ってあげるからどこに行きたい?



USJ ( ̄¬ ̄)




バカか[E:sweat02]




ムスメその2。

今日のムスメのバイト帰りに年賀状を買って帰ってもらおうと、バイトが終わったであろう時間にメールを入れると



いまどこ? [E:mailto]



返ってきた返事が



パプアニューギニア [E:mailto]



どこまでバイトにいってる言うねん[E:down]



ムスメその3。

昨日の15時過ぎに我が家に帰ってきていたのですが、もっと早く帰ってくると思っていたようで、私のお昼用にマクドを買ってきてくれていたムスメ。

冷めたマクドをいただいたことはいただいたけど、夜になるとキンキンに冷えたワインを用意してくれて・・・。

ボトルのまま。


あの? グラスは?



ミニボトルだ。 そのままいけ ( ̄・・ ̄)



なぜか、ワインをラッパ飲みさせられました (-"-;) 



ちゃんちゃん。




  *:・'゚☆。.:*:・'゚★゚'

久しぶりなのにコメント欄閉めています m( _ _ )m  

いつも見に来てくれてアリガト[E:heart]





  彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆




ここからは母のことですので、ご興味のない方はスルーしてください。


母のこと。



姉がやって来た11月28日。


朝から背中が痛いと様子のおかしかった母を、姉の判断で救急を呼びました。

その判断は間違っていなく、緊急手術となりました。 大動脈解離でした。


あの状態なら心臓が痛いというはず、と先生が言ってたけど、背中が痛いとしか言わず、どこが痛いか分からんようになってたんかもしれん。


発症して24時間以内に亡くなるという事と、手術中に亡くなるかもしれないという事。 

無事に手術が終わっても脳梗塞、腎機能が落ちることから透析、年齢を考えての呆けの可能性。 その他にもあったっけ? それらの心配があるという事。


元の体の状態で退院できるのは2割だけ。


それを踏まえて、手術をどうしますか? と聞かれて。 


どういうことですか? って聞いたら、実際、手術を断る方も居られるとか。


で、手術に対する同意書を書きました。



手術は無事に済み、手術中に亡くなるという第一段階をクリア。

手術後の脳梗塞も見られないと第二段階もクリア。

意識も戻り第三段階もクリア。


が、完全な自発呼吸と心臓バッコンが出来ないため、口から大きなチューブを入れての呼吸。

心臓バッコンは現在ペースメーカーを入れてる状態。 このペースメーカーは自発的に心臓バッコンができれば簡単に取り外すことが出来るシロモノらしいです。


一度、チューブを抜いて自発呼吸にチャレンジしてくれはったけど、身体を倒すといつ呼吸が止まるか分からない状態で、またチューブが入りました。


運悪く? 湯がき過ぎたお餅の様なタンが喉を占め、そのタンがある以上はチューブを外せないという事でしたが、昨日行った時に随分とタンが普通になってきたという事で

また今度チューブを外すチャレンジをするそうですが、それでも自発呼吸が難しいものであれば喉の切開になるそうです。
その後、上手く呼吸できそうであれば元に戻す事が出来ると。


一度目チューブを外した時に、「今なら話せます」 と病院から連絡をもらってすぐに姉と駆けつけたときに


「ごめんな」 と第一声がその言葉でした。


「ごめんな」 は聞きたくないけど、私たちを認識してくれたことが嬉しかった。
お母さんが苦しんでるのに嬉しいって。。。


身体中のアチコチに穴が開いてるし、口から大きな管を入れられているし、腕や手なんてパンパンに浮腫んで針を刺せばすぐにでも中にある水が飛び出してきそうなほど。

胸の骨を縦に切って手術したから、その痛みもあるだろうし。


しんどいと思う。 アチコチ、全身が痛いと思う。 身体中だるいと思う。


まだICUを出られないけど、これだけ痛い目をしたんやもん。 元の身体で退院できるという2割にかけて、願って、信じて、誠となる。 そう信じています。



実家の家の建て替えは順調に進んで、14日には施工主の確認があります。

そして20日に引越しです。


母が一緒に新しい家に入ることはできひんけど、退院して一緒に家具を買いにいけるように、家具は買い揃えないで少々不便をしながらでも生活をしていこうと姉と話しています。



おしまい。

posted by のえママ at 21:35実家